【矢板明夫のチャイナ監視台】「趙家の人々」「趙の国」がネット禁止用語となったのはなぜか? 名付け親は文豪・魯迅だった…

發佈時間 : 2016-2-14 21:30:56

2016年1月。中国国内の新聞やテレビ、ネットメディアの担当者たちは、共産党宣伝部門から新しい禁止用語のリストを受け取った。追加された約30の言葉の内「趙家の人々」「趙の国」「趙の王様」など「趙」と関係する言葉が約半分を占めた。「今回、当局の反応はさすがに早い」と感心した雑誌の編集者もいた。

語源は「阿Q正伝」

「趙家の人々」とは、昨年末から中国国内のインターネットでにわかに流行し出した言葉だ。「権勢を誇る一族」の隠語で、中国の特権階級を揶揄(やゆ)するニュアンスがある。語源は文豪、魯迅(1881~1936年)の小説「阿Q正伝」(1921年作)から来ている。

家も金もなく、字も読めない浮浪者、阿Qが、村の金持ち、趙家の息子が科挙試験に合格したと聞き、「俺と同族だ」と周りに自慢したが、翌日、趙家に呼ばれ「でたらめを言うな。お前なんか趙家を名乗る資格がない」などと罵倒され、殴られた…という部分があった。

また、中国で子供に漢字を教える有名な学習書「百家姓」というのがある。代表的な姓を羅列してあるだけの内容で、“趙銭孫李”から始まる。宋(960~1279年)の時代につくられた書物であるため、当時の皇帝一族の姓である“趙”が最初に出てくる。このことからも、趙家は他の家からみれば特別な存在というイメージがある。

「300家族で中国を支配」

昨年末、広東省のたたき上げの企業家の大手不動産会社が、元大物政治家、●(=登におおざと)小平一族の影響下にあるとされる保険会社に買収されたニュースがあった。インターネットには「この国では趙家の人々でなければ、企業のオーナーになる資格はない」と魯迅の小説を引用する形で、論評する文章が投稿されたことを受け、「趙家の人々」という言葉が一気に広がった。

この場合、「趙家の人々」は、元副首相を父親にもつ習近平国家主席(62)を含め、●(=登におおざと)小平氏(1904~97年)、江沢民氏(89)ら元指導者の子孫らを指している。中国では、エネルギー、金融、不動産など大きな利権に絡む業界はほとんど彼ら特権階級に牛耳られており、一般人が苦労してビジネスで成功したとしても、企業が買収される場合が多い。抵抗すると、投獄されるケースもある。「300家族の5000人で中国経済を動かしている」という言葉があるほどだ。

中国ではこれまで、元高級幹部子弟を示す言葉として「太子党」があった。太子は中国語で皇帝の長男を指し、つまり太子党とは皇太子のグループという意味の言葉だが、「由緒正しい家柄に生まれた人々」という意味で使われることが多く、その範囲は大変広い。大学の教師や医師など利権と関係のない人々も含まれている。

また、太子党の人たちはメディアなどでよく自分たちのことを「紅二代」と自称している。中国の共産革命(赤い革命)に貢献した功労者たちの子供という意味だが、知識人たちはあまり使いたくない言葉である。

「一族」に失脚高官なし

「太子党」と「紅二代」に対し「趙家の人々」は、まさに今、権勢を振るっている貴族たちをうまく表現しており、すぐに定着し、インターネットで頻繁に使われるようになった。

習近平指導部が発足してから、約3年間展開し続けた反腐敗キャンペーンで、数百人の政府高官が失脚したが、ほとんどが農民や労働者の出身で、党内の一大勢力である共産党指導者の子弟はほとんどいないことを例にあげ、「なるほど、趙家の人々には最初から免罪符があったわけだ」「俺たち一般人民は所詮、趙の姓を名乗る資格がない阿Qたちだ」と嘆く書き込みもインターネットにみられた。

「趙家の人々」から派生する言葉として、「趙の国」(中国)、「趙の王様」(習主席)という隠語も生まれた。政府の看板や中国当局が掲げるスローガンの中の「人民」を「趙家」に置き換える言葉もはやった。「中国人民銀行」を「中国趙家銀行」、人民警察を「趙家警察」、「人民のために奉仕せよ」を「趙家のために奉仕せよ」といった具合だ。中国当局が全国の小中学校で展開する愛国主義教育は所詮、「趙家を愛する教育だ」と主張する声もあった。

100年近く前の魯迅の小説が思わぬ形で改めて注目され、その中に出てくる言葉が今になって当局に禁止用語に指摘されたのは、中国社会が清(1616~1912年)の末期からあまり進歩していないことを象徴しているようだ。(中国総局記者)

産経ニュース