「おどろきの中国」という言葉があるが、外国人を選別する極めつきの制度が、4月から始まる。北京でも上海でも、日本人駐在員たちは、前代未聞の措置に右往左往。スモッグの街からレポートする。
現地法人社長も「Cランク」
「たしかにオレは、もうすぐ定年だし、中国語もからっきしできない。大学も私学出だ。
だがここでは一応、日系企業現地法人の総経理(社長)だよ。それなのに自分の点数を算出してみたら、Cランクの国外追放対象。しかも一緒に日本から来てる若い部下は、Bランクで許可されるって言うんだから、納得いかないよ」
PM2・5が500近くに達し、昼なんだか夜なんだかよく分からない北京の日本料理店街「好運街」の一角。いまはやりの「燕京白生ビール」のジョッキを呷りながらボヤくのは、東京に本社がある中堅メーカーから北京に派遣されている駐在員だ。同席した別の日本人駐在員も憤る。
「中国で外国人が駐在員ビザを取るには、以前から悪名高い『エイズ検査』をパスしなければならなかった。
それに加えて、習近平時代になって、『無罪証明書』の提出も義務づけられるようになった。そのため、生まれて初めて東京・桜田門の警視庁に出向いて、ドキドキしながら『犯罪記録なし』という証明書をもらったものだ。
それが今度は、駐在員のランク付けだと? 中国は一体、何様なのだ」
このほど筆者は北京と上海を一週間回ってきたが、現地の日本人駐在員たちの口からは、「A、B、C」というアルファベットが鳴り止まなかった。
それもそのはず、この11月に外国人の管理を担当する国家外国専家局の「外国人来華工作許可工作小グループ」が、世界に例を見ない制度を突然、発表したからだ。
それは、来年4月1日から、中国に居住するすべての外国人を、Aランク(ハイレベル人材)、Bランク(専門人材)、Cランク(一般人員)に3分類するというものだ。
発表文には、次のように記されている。
〈Aランクの外国人は、居住地域に明るい未来をもたらす優秀な人材のことで、居住を奨励する。
Bランクの外国人は、国内市場の需給や発展に応じて増減させていく人材のことで、居住を制御する。
一方、Cランクの外国人は、臨時的、季節的、及び技術を伴わないサービス業などに従事する外国人で、今後は国家政策に基づきながら、居住を厳格に制限していく〉
早慶卒でも0点
この突然の措置に度肝を抜かれ、パニックに陥っているのが、2万社を超える中国国内の日系企業である。冒頭の駐在員のように、来年の4月になったら、「Cランクの外国人」に分類されて、中国から追放される社員が続出しかねないからだ。
「これまでは、中国で買春をやったとか、犯罪行為を犯したとかいうことで追放になっていた。それは納得がいく。
ところがこれからは、自分の水準が足りないということで追放になるのだ。毎日、中国の厳しい法律や規律に従って生活しているというのに、まるで犯罪者扱いで、やはり承服できない」(同・駐在員)
私が北京と上海で、日本人駐在員たちから聞いた一番多かった意見が、この「納得がいかない」というものだった。
下の表が、中国政府が出した評価基準である。加算方式の120点満点で、85点以上ならAランク、60点から84点まではBランク、そして60点未満がCランクに分類される。
例えば、年齢評価を見てみよう。日本人駐在員は、他国の駐在員に較べて、中高年層が多いのが特徴だ。だが、50代後半の駐在員は、40代前半の駐在員の3分の1しか価値がない存在とみなされるのだ。
また、「フォーチュン500強」に入っている企業の駐在員ならば、「5点」が加算されるというが、7月20日に発表された「2016年版」で、日本企業は52社しか入っていなかった。トヨタ自動車(8位)、ホンダ(36位)、日本郵政(37位)、日産自動車(53位)、NTT(60位)などだ。
同様に、「大学ランキング100」に入っている大学の卒業者も「5点」が加算されるという。だが9月6日に英クアクアレリ・シモンズ(QS)が発表した今年のランキングで、日本の大学は、東大(34位)、京大(37位)、東工大(56位)、阪大(63位)、東北大(75位)の5校しかランクインしていない。
早稲田や慶応を卒業していても、「0点」なのである。
中国教育部が主催している「中国語水準試験」(HSK)も、大半の日本人駐在員にとっては、馴染みのないものだ。一般に中国の日系企業では、公用語は日本語で、国際交流基金が主催する「日本語能力試験1級」を取得した中国人たちが働いているからだ。
日本人はもういらないよ
こうした事態に、日本商工会議所は12月2日、北京から著名な中国人弁護士の熊琳・大地法律事務所日本部代表を東京に招いて、日本企業向け説明会を開いた。
東京駅前の新丸ビル大会議室で開かれた説明会には、200社余りの日本企業の人事・総務担当者らが顔を揃え、ものすごい熱気だった。青山学院大学で法学修士号を取得したという熊弁護士が、流暢な日本語で解説した。
「私が中国政府の担当者から聞いているのは、Aランクに選ばれるのは、ノーベル賞級の受賞歴がある外国人や、中国が国賓として招きたいような外国人だけです。つまり、大半の日本人駐在員は、BランクかCランクに選別されるのです。
また、日本の大企業の現地法人の董事長(会長)や総経理には、無条件でBランクを与えるそうです。
問題は、中国に進出している日本の中小企業の駐在員と、大企業でも一般の駐在員です。そうした人たちの駐在員ビザが、今後下りにくくなる懸念があります」
説明会は2時間半に及んだが、終了しても参加者たちが熊弁護士を取り囲み、延々と質問を浴びせていた。
北京へ戻った熊弁護士に、改めて話を聞いた。
「帰国後も日系企業からの問い合わせが殺到しています。お客様にはまず、自分たちの点数を試算していただいています。
試算結果から、Bランクのボーダーライン上にいる日本人駐在員が、かなり多いことが分かりました。この方々に何とかBランクになっていただきたい。そして今後中国に駐在員を派遣する時は、確実にBランク以上の人材を選ばれることを勧めます」
中国における日系企業の唯一の親睦団体である中国日本商会の中山孝蔵事務局長補佐も語る。
「中国日本商会としては、各企業と同様、まだ情報収集の段階です。ただ今後の手続きなどを鑑みると、来年4月以降、日系企業がある程度、混乱することは避けられないでしょう」
日本企業の昨年の対中投資は32・1億㌦で、’14年の43・3億㌦から25・8%も減少した。今年の9月までの対中投資も22・7億㌦に過ぎず、年間30億㌦を切る可能性もある。これは’12年の4割の水準だ。各国・地域別に見ても日本は8位に甘んじていて、シンガポールの投資額の半分、韓国の6割に過ぎない。
このように、ただでさえ日本企業は中国市場から引き気味だというのに、来年4月以降、Cランクが連発したら、ますます嫌気が差して後退していくだろう。
こうした話を、北京で会った中国の外交関係者に警告したところ、逆に開き直って言った。
「1972年に中日が国交正常化して以降、長い間、両国関係は、中国が日本を必要とする時代が続いた。そのため両国関係の主導権は、常に日本側にあった。
ところがいまや、中日関係は、日本が中国を必要とする時代に変わったのだ。たしかに日本企業が持っている最先端技術は、いまも変わらず貴重だが、それらのほとんどは欧米企業とのビジネスで代替可能だ。
われわれがいま、日本からどうしても欲しいのは、高齢化社会に関する知見くらいのものだ。逆に日本企業にとって、14億人の中国市場は死活問題だろう。
それなのに、日本人はいまだに、1980年代のような発想で両国関係を考えている。来年4月からの外国人の3分類も、今後は中国が主導権を取って、来てほしい外国人にのみ来てもらうということだ。われわれはもはや、パンダではなく竜になったのだ」
日中関係は、まるで北京の空気のように淀んでいくのか。
「週刊現代」2016年12月24日号より